得体の知れない怖さ

 土曜日は、いつも錦糸町で太極拳の練習をしている。昼過ぎに終わるので、昼食をとり、買い物などをして、駅の改札前で電車がくるまでの時間つぶしをしていたら、

 「お願いしま~す。」

の声。聞くと、あしなが育英会のあしなが学生募金活動中であった。

 k-ogasaは、強い信念とか高い理想とは無縁の人間であるし、ボランティアとか人助けとかは、自分に返ってくるものだとか、感じられることが見つからないと、長続きしないことを知っているので、このような募金系は、気が向いた時だけやることにしている。

 今回は、最初から気が向かなかったので、学生の声は聞き流して、ケータイのメールをチェックしていた。

 近くで、ガサガサと音がしたので、顔を上げてみると、お母さんと思しき人が、子供さんに小銭を握らせている姿が目に入った。よくよく見ると、子供さんは知的障害らしく、お母さんが何故こんなことをさせようとするのか、よく解らないといった状況。それでもお母さんは、一生懸命に子供さんに小銭を握らせ、急かし、手を引いて募金箱の前に連れて行き、募金させていた。

 声を荒げるわけでもなく、ただ、一生懸命に子供さんに募金をさせているのだ。

 このお母さんの姿を見ていて、私は子供さんの後を、このお母さんに引きずられるようにして、募金してしまった。このお母さんが、怖かったのである。何かに同情したわけでもなく、急に高い理想に目覚めたわけでもない。お母さんに、何か言われたわけですらない。ただただ、このお母さんの強い思いが、怖かったのである。

 募金後は、いいことをしたという爽快感は、微塵もなく、やっと開放されたという思いであった。気分は伝染するというけれど、そのようなものなのだろうか。

 誤解のないように書いておくが、あしなが育英会やあしなが学生募金自体が、怖いとか得体が知れないということでは、決してない。

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