幸先が良い? 悪い?

 いつものように実家近くの神社に、初詣に行ってきました。お参り・お焚き上げ・お汁粉の3点セットが恒例になっています。

 古い注連縄やお札を焚き上げながら、その焚き火(?)で、暖を取り、1月1日になるのを待ちます。
 初詣なのに、華やいだ雰囲気は皆無です。雪の深夜、着物を着た女性などはいません。ヤッケ/頬っかむり/長靴が、おばちゃん達の正装です。赤い頬も、晴れの日の恥じらいからではなく、寒さに適応した毛細血管の発達によるものです。
 それでも、女子中学生達のケータイでカウントダウンが、ほほえましさとを添えてくれます。ただ、残念なのは、会話が方言なので、可愛さが50%ダウンしていることです。


 誰かの「もう明けたよー」の声が聞こえました。炎に未練を感じながら、参拝に向かいます。あまり大それた願い事はしません。1年無事だった感謝と、良い1年となることを祈ります。我ながら、人間が小さいなと思います。


 神社の特設テントでついたお餅を入れたお汁粉、楽しみの一つです。ご近所のおじさんが、「おしるこ食ってってー!」と毎年声をかけてくれていたのですが、残念ながら、昨年他界されました。また少し、故郷が遠くなった気がしました。

 翌2日。大それたお願いはしませんが、ささやかなお願いはしたつもりです。さっそく、年末ジャンボ宝くじのチェックをします。3億円狙いの連番買いは、当たっていないことも、あっという間に判明してしまいます。運だけ、キャリーオーバー。
 その後、ドコモショップを行ったら、「ハピグン」が、あっさり当たりました。


 どのくらいの当選確率なのかは、分かりませんが、期待していなかった分、ドコモショップにいる間中、幸せな気分でした。

 自宅に戻り、幸せ気分も薄れてくると、これがキャリーオーバーした運だったのだろうかとか、期待していない時に当てるなんて、神様は意地悪だなあとか、思考がひねくれた方向に向かい始めます。いかんいかん。下手な考え休むに似たり、小さな幸せは、素直に喜びましょう。

 取りとめもないつれづれからのスタート、まあ、お付き合いよろしくね。
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